孝子さんの楽曲中、いちばん広く知られている作品です。今や中学校音楽の教科書にまで載っているくらいですし。J-pop のスタンダードナンバーとしてずっとずっと残っていくことは間違いないでしょう。
まず重要だと考えられるのは 《似てる誰かを愛せるから》
です。ここから、主人公が相手に振られて別れたであろうことが伺えます。つまり応援歌というよりはむしろ 「失恋の歌」 なんですよね。その意味では 《せつなく残る痛み》
にも重いバックグラウンドがありそうです。
ただ、孝子さんがたくさん作っている失恋ソングの中で、相手を恨むのでなく肩をたたいて送り出す「明るい別れ」を歌ったのは、この曲が初めてです。(同様であろう歌に「秋の日の夕暮れ」がありますが、これは別れの歌かどうか断定できないので外して考えます)
もう一つ、これ以降よく使われるフレーズが初登場してます。《あなたらしく》
です。主人公一人の中で閉じるのではなく相手を正面から受け入れているのも、従来の曲にはなかったスタンスです。
ところで、この曲のタイトルを「夢をあきらめないでくださいね」と読むのは、間違いとまではいえなくとも、ちょっと表面的ではないでしょうか? 歌詞のフレーズを抜粋したものだとしたら、もっと奥に隠された意味も含まれていると思うのです。以下、順を追って読み解いてみましょう。
1番の前半は、単なる情景描写です。大サビに入ってからが問題。まず 《あなたの夢をあきらめないで 熱く生きる瞳が好きだわ》
は「熱く」の前で切るのではなく、主人公が好きな「あなたの瞳」の修飾句として「夢をあきらめないで熱く生きる瞳」というまとまりで読むのが正解だと思います。「あきらめないで」で切った場合、「あなたの」を頭に付けて呼びかけることになりますが、こういう言い方をするのは「あなた以外の誰でもない人の夢」であることを強調したい場合に限られます。でも、この歌の世界には「私」と「あなた」しかいませんから、わざわざ「あなた」を強めるような必然性は見受けられません。それに、百歩譲って「あなた」を強調したいのなら、恐らく孝子さんは次のような表現を使いそうに思われます。
ねぇあなた 夢をあきらめないでね
熱く生きる瞳が好きだから
2番は前述のフレーズ以外、特に引っ掛かりそうなところはないでしょう。
コーダ。これもコーダ全体で「私はあなたの夢を信じている」+「私はあきらめずに信じている」+「私は遠くにいて信じている」と読むべきものでしょう。もし「あきらめないで」で切って読むとすると、最後のフレーズとのつながりが非常に唐突になります。「あなたが夢をあきらめないということを」が略されていると思えば理解できなくもないですが、孝子さんは複数の文節から成る目的語フレーズを略した歌詞は基本的に書かない (略すのなら、必ず目的語をそのままの形で明示するはず) と思います。主語が1番・2番大サビ前半から変わっていますが、コーダのほうは 《あなたが選ぶすべてのものを 遠くにいて信じている》
から続くフレーズですから、主語が「私」でも問題なさそうです。もしコーダを「遠くに」の前で切るなら、恐らく孝子さんは大サビ前半同様、次のような表現を使うのではないでしょうか。
ねぇあなた 夢をあきらめないでね
遠くであなたを信じてるから
この曲は、J-pop 史でも重要な位置にある曲ですが、同時に孝子さんの作品世界にも大きな変化が生じた曲で、いろんな意味でエポックメイキングな歌なのであります。
以下余談。とんねるずのアルバム『みのもんたの逆襲』に「夢をあきらめないわ」というパロディソングが収録されています。途中、変なところで歌声がひっくり返ったりします。後藤次利さんの手によるメロディやアレンジは、どちらかというと近年の孝子さん的です。特にシンコペーションが多用されたメロディはけっこう特徴をとらえていると思います。一方、秋元康さんの詩は『夢の樹』の頃かそれ以上におどろおどろしい世界で、まあ何ともチグハグな曲という印象でした。
文中、引用符 《 》 で括った箇所は、すべて「夢をあきらめないで」歌詞から引用したフレーズです。なお、掲示板における月読さんとのやりとりを元に、2001/11/21 付けで大幅に加筆しました。